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◎おみやげ

ひねくれ者の私は、ひょんなことから自分が勤務するの会社のライバル会社の若手社長から
かわいがってもらうようになった。卒業後2年目のことだ。

かわいがってもらうことと、甘えることとは違う。
だから、彼の会社に転職したいと思ったことは一度もない。

十数年が過ぎ、自分も共同とはいえ経営者の一人になった。
それから数年が過ぎたが彼の足下にも及ばない。それどころか降格された。
辛かったので、何度か彼に年賀状やメールで連絡をした。
しかし、自分から「呑みに連れていってください。」と切り出す勇気がなかった。
そうこうしているうちに、彼は病に倒れてしまった。

彼からの年賀状による復活宣言。

「ああ、良かった。」

しかし、いつの間にか、年賀状でしか、彼の消息を知る術がなかった、という事実に愕然とした。

待ち合わせのバーに着くと、彼は既に二杯目を飲み干すところだった。
バーボンが好きだったはずだが、ビールだった。
その視線に気づいたのか、

「病後の体調管理だよ。」と、彼は笑った。

たわいもない話の中に、心に響く言葉がブレンドされている。
その言葉を胸に刻みながら、彼と同じピッチでビールを飲む。長居をしたら申し訳ない。
彼は朝型なのだ。

「じゃあそろそろ・・・」

絶妙のタイミングである。伝票は、私からは手が届かない場所にあった。

「おまえと呑む分くらい、3分で稼げるからな。」
「済みません。」

帰り際、割り勘にはならないことを予想して、買っておいたおみやげ。

「快気祝いの代わりです。既に持っていらっしゃるかもしれませんが」

と小さな箱を手渡した。

「おお、そうか。ビール、割り勘じゃなくて良かったよ。」

50代とは思えない軽快な足取りで、地下鉄への階段を、彼は降りていった。