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◎フィクション=丸太の上の少年

「そんなところでやってたら、風が吹いたときに下へ落ちちゃうよ。」

田んぼに流れ込む小さな川。そこに渡された2本の丸太を束ねただけの橋の上。
トンボを捕ろうとして虫取り網を振り回す少年に、私は声を掛けた。

その瞬間、自分の小さい頃の体験がフラッシュバックした。 
「やすし」のことだ。

やすしは、妹と同い年の悪たれ小僧で、妹がよく泣かされていた。
妹のかたきを取ろうと、罠を仕掛けた。

泥だまりの上に掛け渡した丸太。その真ん中あたりに滑りやすい細工をしておいた。
怪しまれないよう、私自身も歩いて見せた。

細工の部分には気づかれないように密かに跨いで。

  こうやって立ってピースしてみろよ。

私はやすしに、そんな台詞を言って罠の丸太に誘ったのだった。
ところがやすしは、滑らずにその丸太の上でピースをして見せたのだ。
  くそっ、失敗か・・・

そう思った直後、やすしは丸太から滑り、泥だまりに落下した。不意に風が吹いたのだ。

  やったぜ!

心の中でピースをし、妹の手を引っ張って逃げた。やすしの泣き声が聞こえなくなるまで走った。

どうしてこんなことを、一瞬で思い出したのだろう。
やすしのお母さんに、その後で小言を言われたことまで。
思い出した風景や場面に対する恥ずかしさを、どこに隠したらいいのか・・・

虫取り網を持った少年は、

   大丈夫だよ、風くらいで落っこちるほどダサくないぜぇ。

その顔つき、そして「少年」という私が付けた代名詞からは、意外な言葉を返してよこした。

一瞬前の恥ずかしさと融合した。
自分がどういう顔をしたらいいのか、小さいけれどもやるせない気持ちが沸き立ち、
ゆっくりと消えていった。