「おじさん、取ってくれない?」
そんな声を期待していたのだが、草野球の少年たちはバットよりも長い木の枝を持って、
代わる代わるジャンプを繰り返していた。
白いボールは、その枝の先から50センチほどはあろうか。まあ無理だな。
一人がちらりとこちらを見た。
恥ずかしくて頼めないのだろう。
その気持ち、よく分かるよ。
よし、その期待の視線に答えよう。
「どいてごらん。」
私は彼らに声を掛け、掴むべき太い枝を見上げた。
このこぶに足を掛けて飛び上がればあの枝を掴める。
あの枝を掴んだら、両足を幹にあてがえば上れる。
瞬時にシミュレーションが済み、こぶを蹴り上げた。
失敗が二度続き、少年たちの視線に困った。
だが、要領を掴んだので大丈夫、と自分に言い聞かせ、枝を掴むことに成功。
足の裏に鈍い痛みが残る。
ぶら下がった肩は、自分の体重に驚いたことが後から分かったが、
それを感じる前に一気に太枝の根元に登った。
少年たちも安堵したのだろう。
が、誰より安堵したのはこの私だ。
三度目も失敗したときの言い訳を考える間を自分に与えずに登ってしまって良かった。
程なく白いボールにてが届いた。
「どうもありがとうございました。」
次々と声が挙がる。
君らの歳で「ございました」は似合わないよ。
登った木から見える景色は、見慣れた近所であるのに、新鮮だった。
もう少し眺めていたい。
その気持ちが少年たちに「じゃあな」と言わせた。
戻っていく少年たち。
次の瞬間、行き場を失った自分に気づいた。
大のおとなが、少年たちもいないのに木の上にいる理由がない。
理由がないので降りざるを得なかった。
秋の夕暮れを感じられた一瞬。
少年たちからのプレゼントが名残惜しかった。
来年の今頃、この出来事を思い出すだろうか。