金融業界の新たな動きについて興味があったので、
同業の友人コミュニティに投げ込み投稿をしました。
自らは、ややネガティブなコメントを付けて。
すると、友人の一人が、
ネガティブな発言ならしない、というオトナの対応(を身に付けつつある)
という趣旨のコメントがあり、考えさせられました。
ネガティブな発言は、思い付き、過去の経験などに端を発したものが多く、
簡単に発信できてしまいます。
一方、熟慮して発言しようと思うならば、それなりにプレッシャー(ストレス?)が掛かります。
かといって、(深い考察をしない、できていない)ポジティブな発言を軽々しくすることはしたくない。
とすると、『ネガティブな発言ならしない』というのは、消極的ではあるが賢明な判断ですね。
理想的には、
A.ネガティブな原因を列挙
B.原因への対応策を列挙
といったポジティブな方向で発言できればよいのでしょう。
しかし、ひとつひとつの話題に対し、全てポジティブな方向へ持っていくような
熟慮の時間もなければ、エネルギ、動機も、簡単に沸いて出てくるモノではありません。
あ、エネルギが沸いてこないからできない、とも言えます・・・
これは、「オトナになった」ことの裏返しとして、「エネルギが小さくなった」
ということでもあるのかな。
あれこれ、頭を駆け巡りました。
(2014年6月作成)